10月17日(木)・横浜アリーナ。「the pillows 30 th Anniversary Thank you,my highlight Vol.5 LOSTMAN GO TO YOKOHAMA ARENA」を観た。
山中さわおさんは30周年のアニバーサリーをやるなら「武道館より大きいところでやりたいと思った」という。久しぶりに大きな勝負に出る、緊張してもその緊張に打ち勝つライブをやらなければ、と決意したさわおさんは、20周年の日本武道館公演のチケットが即日完売した状況を受けて、来る情熱があるのに観られない人をゼロにしたい、という美学をもっていた。そんな意思のもと選ばれた“横浜アリーナ”は、平日開催だったにもかかわらずBUSTERSの情熱はその想定を上回り、「センタースタンディング」、「アリーナ・スタンド座席指定」の両席種がソールドアウトとなり、急遽アリーナとスタンドの通路スペースが「立見」として開放された。会場に入った途端、BUSTERSひとりひとりがこの公演に懸ける想いがひしひしと伝わってきて目頭が熱くなった。
私事で恐縮だが、僕が初めてthe pillowsのライブを観たのは、1994年の渋谷CLUB QUATTROだった。リーダー・上田ケンジさんが脱退し、メンバー3人にサポートとして鹿島達也さん(b)、上田禎さん(key)、金野由之さん(perc)が加わった6人編成のステージだった。そのパフォーマンスを観て電撃が走り、それ以来僕の人生にthe pillowsは必要不可欠な存在になった。アルバム『KOOL SPICE』以降、リリースがある度にインタビューのオファーをした。当時のさわおさんはおっかなくてビビリまくったけど必ず取材時間を出してくれた。この年から現在までライブの東京公演は一度も欠かさず観た。地方にも行った。2018年にはアメリカにも行った。それはthe pillowsが何よりも必要だったからだ。2013年に「山中さわお語録集1989-2012」の編集を担当させてもらったときも、2019年7月から10月までさわおさんに“ライブ”というテーマで30年を振り返ってもらった連載「ライブは願望だ、意味じゃない!」の取材・執筆・構成を担当させてもらったときも、“僕の人生はさわおさんの影響がデカ過ぎる”と思い知った。映画「王様になれ」の主人公・祐介のように、なにか大事な一歩を踏み出すとき、その勇気はいつもthe pillowsからもらった。だからBUSTERSとして、30周年記念の横浜アリーナを観ることは、かけがえのない幸せな瞬間だった。
客電が落ち、前方の大型LEDモニターに少年の写真が現れる。「律儀な赤ん坊だったの...」。ややセンチメンタルなサウンドトラックに女性の肉声が重なる。その少年は面影からthe pillowsメンバーであることがわかり、場内には笑いが溢れた。そう、佐藤シンイチロウさん(シンちゃん・ds)、真鍋吉明さん(Peeちゃん・g)、山中さわおさん(vo,g)の順で、幼い頃から、バンドを始め、デビューし、30周年を迎えるという変遷が、母親の視線から語られる演出だった。「夫も一緒に観に行きたかったなって、つくづく思いました。でも昨年亡くなっちゃったし...」と語るシンちゃんのお母様。「うちね、よその家庭と違ってね。私が生みの親、育ての親がいるんです」と、美容院を経営していて幼い頃は若手の従業員が面倒をみた経歴を明かしたPeeちゃんのお母様。そして「しゃべるの下手だから、読みますね...。『沢男がとうとう東京に行った』」と、息子が東京に旅立つ日の日記を朗読したさわおさんのお母様。それぞれ貴重なエピソードが興味深かった。しかし異口同音で一様に、30年間バンドが続いた理由は「ファンに恵まれてのこと」と語られ、のっけからBUSTERSの涙腺を決壊させる。“聴こえてくるのはキミの声 それ以外はいらなくなってた”。アカペラでさわおさんのボーカルが鳴り響き、「この世の果てまで」で祝宴の幕は上がった。
「集まってくれてありがとう。オレたち30年間ロックバンドを続けてきたんだ。今夜はその集大成を、俺たちの音楽を受け取ってくれよ」。まさにthe pillowsが30年に渡って自分たちのやり方を貫いて、辿り着いたバンドの魅力が一望できる究極のセットリストだった。歌詞に背中を押され支えてくれた曲、隣で寄り添ってくれた曲、軽快なロックンロール、うねりの効いたオルタナティブ、切々としたバラードと、初期から近年のナンバーまで見事な構成だ。他にも聴きたい曲があったBUSTERSはいただろう。それでもワンステージ、2時間30分でthe pillowsを堪能するにはベストでまさに集大成だと思えた。
曲が終わるたびに“さわおさ~ん”と声がかかる様子に「今日は30年間で一番人気があるな。もしかしたら売れるかもしれない(笑)」と、ややシニカルなリアクションのさわおさんに場内は爆笑。続けて「永遠のオルタナティブ・クイーンに想いを馳せて」と、ザ・ピクシーズ、ザ・ブリーダーズの女性ベーシストを冠した曲「Kim Deal」。20周年の2枚のベスト盤で唯一新曲として収録された「1989」も胸を揺さぶる。“僕はずっと孤独だった 会いたかった 誰かに”。結成された年号をタイトルに掲げたこの曲は、淡々と始まり、the pillowsの楽曲でお馴染みのスタイル、後半にオクターブ上げる歌唱法で熱唱されたが、“Please,catch this my song 必要とされたい”という叫びが、10年後にこれほどたくさんのBUSTERSに必要とされていることに心をグッと掴まれる。一転して「ニンゲンドモ」では字余り気味なポエトリーリーディングで描かれる辛辣な怒り、憤りにハッとする。
「みんな無職(笑)? オレの言いつけを守って仕事辞めてきた? どうしたんだ? 平日にこんなにたくさん」と、さわおさんならではの言い回しで、集まってくれたBUSTERSに感謝を届ける。「じゃあ10年ぶりに歌うよ」と前置きされた「雨上がりに見た幻」は本当に名曲。冒頭でさわおさんのお母様がこの曲を「いいな」と語ったことがフラッシュバックする。「サード アイ」ではLEDモニターに3本の剣が現れクロスしてバンドの象徴曲として存在感を示し、続く「Advice」では激しい狂気の世界が迸る。the pillowsが積み重ねてきた音楽の多様性、バリエーションの豊富さが“これでもか!”と連打されて、場内のボルテージはどんどん昇り詰めていく。
メンバー紹介。サポートの有江嘉典さん(b)は、30年の一部分でも関われたことの喜び、お祝いの気持ちでプレイしていることを実直な言葉で語って盛大な拍手を浴びる。続いてシンちゃんは、「うちのお袋さんなんですけど...」と冒頭でコメント登場したお母様をイジって笑いを取る。Peeちゃんは「メンバーはもちろん、スタッフ、関係者の方々、そしてBUSTERS、30年間付き合ってくれてありがとう!」と誠実なコメント。実はこのあとに演奏された「Swanky Street」ではちょっとしたハプニングがあったのだが、これは生で体感したメンバーとBUSTERSだけが知る秘密ということでご容赦を。さわおさんがPeeちゃんに「お前がガラにもなく感動的なこと言うから、こっちはいちいち喰らってるんだよ(笑)」とツッこんだことだけご報告。「LITTLE BUSTERS」ではメンバーがステージ両脇の花道まで飛び出してBUSTERSとの絆を確かめ合い、「Ready Steady Go!」で本編を締めた。エンディングの“So I’ll live! Only this fact is wonderful”でさわおさんがいつにも増して歌声を響かせ、名残惜しさが伝わってきた。